大阪うつぼロータリークラブ R.I.第2660地区
Osaka Utsubo Rotary Club
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|名称 

天正11年(1583) 豊臣秀吉は大阪城を築き、以来浪速の街は経済の中心として大いに賑わっていた。そんなある日、市中民情視察中の太閤さんの耳に「安い、安い」と塩魚商人が大声で客を呼んでいる声が届いた。

これを聞いた太閤さんは、「安い、安いは矢巣居に通し、矢の巣に納まるは天下泰平なり。目出たき言葉なる故、今後この町をうつぼと称すべし。」と命し、これが町名となったと伝えられている。

靱・空穂・羽壺(うつぼ)

戦闘や狩猟の際、矢が雨露にぬれたり物に触れて破損するのを防ぐための矢入れ具の一種。植物の穂形をしており、中が空洞になっている。

下部は箙(えびら)の式に似ており矢を盛る口を竈(かまど)という。穂部にかける皮を懸皮(かけがわ)といい、鹿・熊・虎・豹・猿などの皮を使う。

他に塗空穂、騎馬空穂、大和空穂、土俵空穂などの種類がある。空穂に盛る矢は7〜11本であるが、土俵空穂のように多量運搬用の特大のものもあった。

※秋庭隆編、大日本百科全書3、p181、小学館、東京、1994

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◇「うつぼ」という字は靭、または空穂と書き、矢を盛って腰に背負う中空の籠のことで、また矢巣居も同しく矢を納める筥である。そこで魚の安いが矢巣居に通し、転して靭になったものである。

◇当時の靭町は最初、現在の東区安土町から備後町の附近であったが、この地の塩魚商人達が町奉行所に現在の西区の地域の開発を願い出て、元和8年(1622)9月にその許可を得て移住し、新天満町、新靭町、海部町を開き、これを三靭町と称したと記録されており、これが現在の西区勒町周辺の始まりである。

◇当クラブのバナーは一輪のバラをロータリーカラーの下地に描いたものである。これは例会場である「ホリデイ・イン エクスプレス 大阪うつぼパーク」の傍にある、靭公園に咲くバラである。

靭公園は今でこそバラの名所として有名な公園であるが、終戦時は空襲で焼野原となっており、米軍の飛行場として一時接収されていた。その後大阪市に返還され、緑豊かな立派な公園に生れ変わり、市民の憩いの場となっている。

◇戦火から平和への象徴である公園のバラー輪をバナーとし、豊太閤の「矢を納めるは天下泰平なり」より出た靭をクラブ名とする、大阪うつぼロータリークラブの会員はこの名前とバナ−に誇りをもって、ロータリーの活動に積極的に取り組んでいきたいと思っている。


大阪うつぼロータリークラブ 国際ロータリー加盟認証状
伝達式 記録(1982年5月刊行)より抜粋、一部改変


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